諫暁八幡抄の「あとがき」


■あとがき

 本日より、『諫暁八幡抄』を連載させていただきます。

 『諫暁八幡抄』の結文には、「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。
扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ。月は西より東に向かへり、月氏の仏
法、東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり。月
は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照す
べき瑞相なり。仏は法華経謗法の者を治し給はず、在世には無きゆへに。末法には一乗の
強敵充満すべし、不軽菩薩の利益此なり。各々我が弟子等はげませ給へ、はげませ給へ。」
と、日蓮大聖人がお記しになられています。

 その箇所の御真蹟は、学会版の『御書全集』の冒頭に、写真印刷されております。

 なお、『諫暁八幡抄』の御真蹟は、全体の約3分の1(前半部分)が身延の大火で焼け
て、全体の約3分の2(後半部分)が、現在、大石寺に保管されています。    了



■あとがき

 “四劫”について、簡略に、御説明致します。

 四劫とは、一つの世界が、誕生→成立→破壊→消滅を経てから、次の誕生→成立→破壊
→消滅に至るまでの段階を、四つの劫(期間)に分けたものです

 その四つの劫(期間)は、成劫(じょうこう)・住劫(じゅうこう)壊劫(えこう)・
空劫(くうこう)になります。

 成劫とは、「空間に国土世間が誕生する→国土世間に有情の生命が誕生する→有情世間
が形成される」期間になります。

 住劫とは、「国土世間と有情世間が、安定して存在している」期間になります。

 壊劫とは、「有情世間と国土世間が、次第に壊滅していく」期間になります。
 
 空劫とは、「有情世間と国土世間の壊滅後に、それらの世間が消滅して、空になる」期
間になります。

 上記の『諫暁八幡抄』の御金言では、“成劫”と“住劫”について、日蓮大聖人が御述
べになられています。    了



■あとがき
 
 今日は、“五味”について、簡略に、御説明致します。
 
 涅槃経では、牛乳を精製する時の五段階に対比させて、教法を分別しています。
 それが、乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・醍醐味の“五味”になります。

 “五味”のイメージが、今一つ、ピンとこない方は、「乳味はミルク、酪味はバター、
生蘇味はコンデンスミルク、熟蘇味はカルピス、醍醐味は、喩えようがない程の“醍醐味”」
と、憶えておけば、当たらずとも遠からずかも知れません。        (^v^)

 なお、“五味”は、天台大師の教判の“五時”に関連づけておくと、より一層、憶えや
すくなるように思われます。

 【 乳味(華厳時)・酪味(阿含時)・生蘇味(方等時)・熟蘇味(般若時)・醍醐味(法華・涅槃時) 】

 本当は、昨日の“あとがき”に記した“四劫”にも、そして、この“五味”にも、極め
て膨大な分量の経・論・釈が存在しています。

 それなのに、「こんなに単純化して書いても、いいのだろうか?」と、未熟者の筆者は、
一抹の不安を感じています。        (^-^;;)

 本格的な学習をされたい方には、相応の書籍が巷間にたくさんあります。
 因って、筆者の戯れ言は、一切無視して頂いても結構です。    了
 



■参考文献

 『四条金吾許御文』

 かかる不思議の候上、八幡大菩薩の御誓ひは、月氏にては法華経を説いて正直捨方便と
なのらせ給ひ、日本国にしては正直の頂にやどらんと誓ひ給ふ。
 而るに去ぬる十一月十四日の子の時に、御宝殿をやいて天にのぼらせ給ひぬる故をかん
がへ候に、此の神は正直の人の頂にやどらんと誓へるに、正直の人の頂の候はねば居処な
き故に、栖なくして天にのぼり給ひけるなり。

 (新編御書1524~1525ページ、御書全集1196ページ)


 『種々御振舞御書』

 さては十二日の夜、武蔵守殿のあづかりにて、夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をい
でしに、わかみやこうぢにうち出で、四方に兵のうちつつみてありしかども、日蓮云はく、
各々さわがせ給ふな、べちの事はなし、八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて、馬より
さしをりて高声に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か。  (中略)

 さて最後には、日蓮今夜頚切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まづ天照太神・正
八幡こそ起請を用ひぬかみにて候ひけれと、さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。
いたしとおぼさば、いそぎいそぎ御計らひあるべしとて、又馬にのりぬ。

 (新編御書1059ページ、御書全集912~913ページ)

                       ◇◆◇◆◇◆

■あとがき

 日蓮大聖人が『諫暁八幡抄』を御著作になられたのは、弘安三年(1280年)十二月
のことです。
 その直前の弘安三年(1280年)十一月十四日には、鶴岡八幡宮の宝殿が焼失してい
ます。

 今回連載分の御金言には、その出来事が背景にあることを、御確認下さい。

 また、文永八年(1271年)九月十二日の龍口法難の際に、日蓮大聖人が八幡大菩薩
に諫暁をなされた場所も、この鶴岡八幡宮であります。      了



■参考文献

 『聖人御難事』

 去ぬる建長五年〈太歳癸丑〉四月二十八日に、安房の国長狭郡の内、東条の郷、今は郡
なり。天照太神の御くりや、右大将家の立て始め給ひし日本第二のみくりや、今は日本第
一なり。
 此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午の時に此の法門申しはじ
めて今に二十七年、弘安二年〈太歳己卯〉なり。

 (新編御書1396ページ、御書全集1189ページ)

                       ◇◆◇◆◇◆

■あとがき

 日蓮大聖人御自身が立宗宣言の期日を御明記された御書の中で、現存している御真蹟は、
上記の『聖人御難事』と今回連載分の『諫暁八幡抄』の二篇だけになります。


 そのいずれの御書においても、日蓮大聖人は、「建長五年四月二十八日」に立宗宣言を
なされたことを、御直筆で御明記されていらっしゃいます。


 無論、「建長五年三月二十八日」に、日蓮大聖人が立宗宣言をなされた旨の御真蹟は、
一切存在していません。


 なお、『兄弟抄』の連載の“あとがき”でも申し上げておりますが、『聖人御難事』の御真蹟
には、日蓮大聖人の「建長五年四月二十八日」の御直筆を、後代の不心得者が「建長五年
三月二十八日」に、改竄・加筆した痕跡が残っています。

 一方、阿部日顕氏は、『聖人御難事』と『諫暁八幡抄』の御真蹟を無視して、日蓮正宗史上・
前代未聞の「建長五年三月二十八日・四月二十八日、宗旨建立・初転法輪二回説」の邪義を
唱えています。

http://nichiren-daisyounin-gosyo.com/atogaki-nikaisetsu.html

 それらの経緯につきましては、上記のURLをアクセスして、ご確認ください。      了



■あとがき

 滋養強壮ドリンクに、“ユンケル黄帝液”って、ありますよね。   (^v^)

 ユンケルの正式名称は、“ユンケル皇帝液”ではなく、“ユンケル黄帝液”なんです。

 古代中国においては、『五行説』という思想があります。

 『五行説』とは、この世の森羅万象を、「木・火・土・金・水」の五つに分類して、把
握しようと試みる理論のことです。
 また、『五行説』は、「木・火・土・金・水」の五つに分類されたものが、お互いにど
う関わり合って影響を与えているか等を、解明しようとする説になります。

 そして、「木・火・土・金・水」は、「青・赤・黄・白・黒」や「東・南・中央・西・
北」等に配されます。
 従って、『五行説』に拠れば、黄色は、中央に位置することになります。
 王が“黄帝”と呼ばれる由来は、ここにあります。

 なお、『五行説』は、陰と陽の立て分けを行う『陰陽説』と組み合わされて、『陰陽五
行説』とも称されています。

 『陰陽五行説』は、十干・十二支の干支(えと)を構成する基盤となっているため、暦
や易学にも強い影響を与えています。
 「『陰陽五行説』の理解なくして、古代中国思想の理解はありえない。」と申しても、
過言はないでしょう。

 日蓮大聖人の御書には、『五行事(五行御書)』がございます。
 (新編御書802~803ページ、御書全集693~694ページ)

 「この機会に、ぜひ、『五行事(五行御書)』を、併せてお読みになっていただきたい。」
と、存じます。    了


目次へ