伯耆公御房消息 弘安五年(1282年)二月二十五日 聖寿六十一歳御著作
御布施御馬一疋鹿毛御見参に入らしめ候ひ了んぬ。
兼ねて又此の経文は廿八字、法華経の七の巻薬王品の文にて候。
然るに聖人の御乳母の、ひととせ御所労御大事にならせ給ひ候て、やがて死なせ給
ひて候ひし時、此の経文をあそばし候て、浄水をもってまいらせさせ給ひて候ひしか
ば、時をかへずいきかへらせ給ひて候経文なり。
なんでうの七郎次郎時光は身はちいさきものなれども、日蓮に御こころざしふかき
ものなり。
たとい定業なりとも今度ばかりえんまわうたすけさせ給へと御せいぐわん候。
明日寅卯辰の刻にしやうじがはの水とりよせさせ給ひ候て、このきやうもんをはい
にやきて、水一合に入れまいらせ候てまいらせさせ給ふべく候。
恐々謹言
二月廿五日 日朗 花押
謹上 はわき公御房
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