『存在と時間』に関する「あとがき」


■あとがき

 私見ですが、「ハイデガーの『存在と時間』は、ある面において、西洋哲学の最高峰
に位置するのではないか。」と、考えています。

 先月連載分の日本経済新聞のコラム・『私の履歴書』には、ハイデガーの『存在と時
間』に関連した著作等で知られる、哲学者の木田元氏が登場していました。

 9月29日付、木田元氏の『私の履歴書』を、下記に引用します。

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 『有志の読書会』

 ほぼ40年に及ぶ教師生活で、私に多少なりともひとに自慢できることがあるとすれ
ば、大学の授業とは別に、33年にわたって続けてきた読書会であろう。

 これを始めたのは1972年、初めの4、5年は日曜の午後に私の自宅で5、6人の
大学院生を相手にやっていたが、家族の負担が大変なので、その後は当時神田にあった
大学の研究室で、大学の八王子移転後は、後楽園の理工学部の教室を借りてやっていた。

 毎週月曜の夜、7時から9時まで2時間、ただし夏休みも冬休みもなく年中無休。
 メンバーも次第に増え、15、16人にもなったが、中心になったのはドクターコー
スの学生とオーバードクターの連中、それに老若の教師4、5人、強引に入り込んでき
た学部生も混じっていた。

 この読書会、いい加減な理由では休ませない。その代わり私も、留学や入院をしたと
き以外、33年間に4、5回、両親や友人が死んだときにしか休まなかった。

 これを始めたきっかけは、70年前後の学園闘争のころ、大学院生の学生たちが自主
ゼミなるものを始め、テキストを読む修業を軽視するのを見たことだった。

 たしかに自分で考えることは大事だが、それにはやはり訓練が必要である。特殊な天
才は別にして普通の人間は、キチンと考えて書かれたテキストを、初めの1ページから
最後の1ページまで、一行一行読んでゆき、著者の思考を追思考することによってしか、
思考力は養えない。
 自分の経験やこれまで学生を教えてきた経験から、そうとしか思われないのだ。

 だが、テキスト読解のそうした訓練は、休みばかりで、やる気のない者の出席も拒否
できない大学の授業ではとてもできない。やる気のある者だけを集め、単位などとは関
係なしに、ハードな読書会を組織するしかないのだ。

 テキストは、翻訳などないもの、だがあまり難しくないものを使う。私たちはハイデ
ガーとメルロ=ポンティの講義録を読んできた。翻訳もまだ出ていなかったし、口頭で
しゃべった講義は、ちゃんと読みさえすればよく分かる。

 出席者は初めの2年ぐらいは見習い兼お茶汲みをさせられる。先輩が読むのを見学す
るのだ。見習いがすんで読み手になったら大変だ。先生や先輩がずらっとならんでいる
前で、毎回4、5ページ分のテキストを一文ずつ原語で読み、日本語に訳していく。
 間違えると笑われる。それが2年くらい毎週続くのだ。

 テキストをキチンと読めるようになると、論文も見違えるようによくなるから、読み
ながら追思考するという私の仮説、裏付けられると思う。

 読み手を卒業すると、次は別のテキストを使って、今度は毎週原稿用紙に訳文を書い
てきて添削してもらい、翻訳の練習をすることになるが、その話はいいことにしよう。

 読書会の効果は覿面で、やめるにやめられなくなった。
 72年に始めたこの読書会、私以外のメンバーはみな入れ替わったわけだが、200
5年に私が胃ガンの手術をするまで33年間続いたことになる。

 別に記録もとっていなかったが、メルロ=ポンティの講義録を9篇とハイデガーの講
義録を20冊読んだらしい。その最大の恩恵を享けたのは私なのだが。

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 宗門の僧侶においても、信徒団体の幹部においても、御本人は大真面目なのでしょう
が、時折、「間違えると笑われる。」を地で行くような、御書の的外れな誤訳や我見に
満ちた法門の解釈が見受けられます。

 「たしかに自分で考えることは大事だが、それにはやはり訓練が必要である。特殊な
天才は別にして普通の人間は、キチンと考えて書かれたテキストを、初めの1ページか
ら最後の1ページまで、一行一行読んでゆき、著者の思考を追思考することによってし
か、思考力は養えない。」

 このメルマガが、上記の作業をするための一助となれば、幸いです。

 ところで、余談・・・。

 先日、自宅の台所で皿を洗いながら、イタリアの名女優・ソフィア=ローレンさんが
『世界文化賞』を受賞する旨のニュースをテレビで見ていた時、「ソフィア=ローレン
さんの御主人は、○ルロ=ポンティさんです。大恋愛の末・・・」というナレーション
が、水音に交じって、聞こえてきました。

 その時、「まさか、ソフィア=ローレンの御主人が、メルロ=ポンティだって???
『元祖・肉体派の大女優』と『現象学の大家』が夫婦だったのかよ!!!」と、大声で
ツッコミを入れたくなってしまいました。

 急いで調べてみると、「ソフィア=ローレンさんの御主人は、カルロ=ポンティさん。
(イタリアの映画プロデューサー)」でした・・・。 了




■あとがき

 今朝、自宅近くの路上で、ひまわりの花が咲いているのを見かけました。

 その時、池袋の文芸坐において、今から25年ぐらい前に、ソフィア=ローレンさん
とマルチェロ=マストロヤンニさんが主演した映画・『ひまわり』を観たことを思い出
しました。

 昨日の『あとがき』で、ソフィア=ローレンさんに関する記事を書いたため、ひまわ
りの花に目が留まったのでしょうか。
 おそらく、以前から、その場所に、ひまわりの花が咲いていたはずですが・・・。

 明日からの平日は、『撰時抄』を連載します。 了



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