『不孝御書』+『陰徳陽報御書』→『四条金吾殿御返事』のあとがき
■あとがき
この御書の冒頭の箇所は、学会版の御書全集には記載されていません。
この箇所は、俗称を『不孝御書』と呼ばれており、御真筆の断簡が保存されて
います。
近年の研究によって、この『不孝御書』は、『陰徳陽報御書』の御真筆の断簡
に対する前文であることが判明しました。
そのため、大石寺版の新編御書には、『不孝御書』と『陰徳陽報御書』を合わ
せて、『四条金吾殿御返事』という題名で掲載されています。
なお、『四条金吾殿御返事』の原文は、この数倍の量に及ぶものと推測されて
いますが、御真筆の全文は発見されていません。
次回連載分から、学会版の御書全集にも掲載されている、『陰徳陽報御書』の
箇所となります。
■あとがき
前回の連載で申し上げた、『不孝御書』+『陰徳陽報御書』→『四条金吾殿御
返事』につきまして、もう一言。
御書全集の『陰徳陽報御書』は、上記の『いよいよかない候べし。いかにわる
くとも・・・・・』という箇所から始まっています。
是非、着目して頂きたいことは、「四条金吾殿の御祈念が、“いよいよかない
候べし”ということではない。“いよいよかない候べし”と仰せの御金言は、
“日蓮がきせい(祈請)も”というお言葉が主語になっている。」ということです。
『日蓮がきせいもいよいよかない候べし。』
「人法一箇の大御本尊に、私どもが御祈念申し上げるならば、必ず、私どもに
対して、日蓮大聖人が御祈請を捧げて下さる。」と、拝する次第です。
御本仏の大慈悲溢れる、有難き御金言に対して、感激を覚えます。
■あとがき
「陰徳あれば陽報あり」というお言葉の出典は、漢の時代に著された『准南子』
にあります。
『准南子』の原文には、「陰徳ある者は必ず陽報あり。陰行ある者は必ず昭名
あり。」と、記されています。
■あとがき
この『四条金吾殿御返事』において、『陰徳陽報』は、「外典三千、内典五千の
肝心の心をぬきてかきて候」と、日蓮大聖人は仰せになられています。
言い換えれば、仏教においても、一切世間のあらゆる思想においても、最も肝要
なことは、『陰徳陽報』ということになるのでしょう。
それにしても、「かかるりしゃうにもあづからせ給ふぞかし。此は物のはしなり。
大果報は又来るべしとをぼしめせ。」とは、本当に素晴らしいことです。
是非とも、四条金吾殿にあやかりたいものですね。
しかし、これだけの利生(功徳)や大果報を得るまでに、四条金吾殿は艱難の時
代を経験しています。
次回の連載は、『此経難持御書』です。
その御書の連載を通して、四条金吾殿の艱難の時代を、ご紹介させて頂きます。 了
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