立正安国論 文応元年(1260年)七月十六日 聖寿三十九歳御著作


  - 第一段  災難の来由 -
 
 旅の客がやって来て、嘆きながら、こう言いました。

 近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫病が、遍く天下に満ちて、広く地上に
蔓延しています。

 そのため、牛や馬は巷に倒れて、人間の死体の骸骨は路上に溢れています。
 既に、死を招いた方々は大半を超えて、悲しまない人たちは、一人もいません。

 それ故に、或る人は、中国浄土宗・善導の『般舟讃』に書かれている、『利剣即是』の
文を信じて、西方浄土の教主・阿弥陀仏の名を唱えています。

 或る人は、『衆病悉除』という東方薬師如来の誓願を恃んで、薬師経を誦しています。

 或る人は、法華経薬王菩薩本事品第二十三の『病即消滅不老不死』という経文を仰いで、
法華真実の妙文を崇めています。

 或る人は、『七難即滅七福即生』という仁王般若経の句を信じて、百座百講の儀(注、
当時の宮中で盛んに行われていた、災難を払う儀式。)を行っています。

 あるいは、秘密真言の教えによって、五瓶の水を注いでいます。(注、真言の僧侶が、
五つの瓶を置いて、水を注ぎながら、密教の祈祷をすること。)

 あるいは、禅宗の坐禅入定の儀を全うして、空観の月を澄ましています。

 もしくは、七鬼神(夢多難鬼・阿伽尼鬼・尼伽尸鬼・阿伽那鬼・波羅尼鬼・阿毘羅鬼・
婆提利鬼)の号を書して、門ごとに貼っています。

 もしくは、五大力菩薩(金剛吼菩薩・竜王吼菩薩・無畏十力吼菩薩・雷電吼菩薩・無量
力吼菩薩)の形を図して、家ごとに懸けています。

 もしくは、天神地祇(天神と地神)を拝んで、四角四堺の祭祠を企てています。(注、
神道で、四つの角を線で結び、四つの堺を作った上で、疫病が伝染しないように祈る儀式。)

 もしくは、国主が、万民百姓を哀れんで、様々な徳政を行っています。

 しかしながら、そのような祈祷や修行をしても、ただ、肝胆を砕く(徒労に終わる)だ
けで、ますます、飢饉や疫病は激しくなっていくばかりです。

 目に溢れるものは、乞食や死人ばかりです。
 臥せられた死体は、積み上げられて、物見台のようであります。
 また、死体が、水の上に並べられて、橋のようになっています。

 思いめぐらしてみると、天には、太陽と月が地上を照らし、木星・火星・金星・水星・
土星の五つの惑星は、珠を連ねたように、規則正しく運行されています。

 仏・宝・僧の三宝もこの世にいらっしゃいますし、八幡大菩薩が百代の天皇を守護され
る旨の誓い通りに、天皇が御在位されているにもかかわらず(注、『立正安国論』御提出
の際には、第九十代亀山天皇の御在位であった)、この世が早く衰えて、仏法が廃れてい
くのは、何故でしょうか。

 これは、何なる禍いに依り、何なる誤りに由来するのでしょうか。

 主人は、こう言いました。

 私は独りで、この事を愁いて、胸中に深く、思い悩んでいました。
 幸いにも、貴殿が客としてお見えになり、私と同様に、このことを嘆いておられますの
で、しばしば、談話を致しましょう。

 そもそも、出家して、仏道に入る者は、仏法に依って、成仏を求めています。
 しかし、今、神術も実らず、仏の威力も、験(しるし)が現れていません。

 私は愚か者ではありますが、具体的に、当世の状況を観察してみると、後生の成仏は覚
束ないのではないか、と、疑われてなりません。
 そのため、天を仰いでは、恨みに思い、地に伏しては、深く慮っております。

 どこまでも、私は微管(狭い認識)の者ではありますが、いささか、経文を開いてみる
と、この世の人々は、皆、正法に背いています。
 そして、この世の人々は、悉く、悪法に帰依しています。

 故に、諸天善神は、この国を捨てて去り、聖人も、所を去ってお還りになられません。
 その間隙を突いて、魔が来たり、鬼が来たり、災が起こったり、難が起こったりするの
であります。

 このことを、言わずにはいられません。
 このことを、恐れなければなりません。


  - 第二段  災難の証拠 -

 すると、客は、こう言いました。

 天下の災や国中の難は、私が独りで嘆くだけではなく、大衆も、皆、悲しんでいます。
 今、私は、仏法の教えを伺える部屋に入って、初めて、尊いお言葉を承わりました。

 では、諸天善神や聖人が、この国を捨てて、去ってしまったために、災難が頻発してい
ることの根拠は、どの経典に出ているのでしょうか。

 その証拠を、お聞かせいただきたいと存じます。

 主人は、答えました。

 その文証はたいへん多く、一切経に渡って、広く存在しています。

 金光明経には、このように説かれています。

 「その国土に於いて、この経が存在していたとしても、未だかつて流布していない。

 その国の国王は、仏教を捨離する心が生じて、聴聞する事を願ってはいない。また、供
養したり、尊重したり、讃歎したりすることもない。

 四部の衆(僧・尼・在家の男信徒・在家の女信徒)や持経の人を見ても、尊重すること
もなければ、ましてや、供養することもない。

 遂に、我等(大持国天王・大毘沙門天王・大広目天王・大増長天王の四天王)や、四天
王の眷属や、数え切れないほどの諸天善神は、この甚深の妙法を聞くことが出来ないため、
我々の身を養うための甘露の法味を受けられなくなる。

 そのため、正法の流れに浴する事も出来なくなり、我々の威光や勢力もなくなってしま
う。

 そうなると、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界の四悪趣が増長し、人界や天界が損減さ
れ、苦悩の生死の河に墜ちて、涅槃の路に背くことになる。

 世尊よ。我等四天王、並びに、諸の眷属及び薬叉等は、このような事態を見れば、その
国土を捨てて、擁護の心を喪失することになろう。

 ただ、我等だけが、この国の王を捨棄するのではない。
 必ずや、数え切れないほどの国土を守護する諸天善神がいたとしても、皆、悉く、捨て
去ってしまうであろう。

 既に、諸天善神がその国を捨て去ってしまえば、その国は、まさに、種々の災難や禍
いが起こって、国王は位を喪失することになる。

 一切の人民は、皆、善心がなく、ただ、繋縛や殺害や瞋諍だけがあって、互いに、讒言
(ざんげん)や諂い(へつらい)を行って、罪のない者を陥れるであろう。

 疫病が流行して、彗星がしばしば出現して、一時に太陽が二つ現れたり、日蝕や月蝕も
不定期に起こる。

 黒色や白色の虹は不吉の相を表わし、星は流れて地が動き、地震が起きて井戸の内から
異様な音が聞こえる。

 季節はずれの暴雨・悪風が起こるため、常に、飢饉に遭遇して、苗や果実は成ることが
ない。
 
 また、外国からの多くの賊が、国内を侵略して、人民は諸の苦悩を受ける。

 そのため、国中のどこにも、安心して楽しく暮らせる場所はない。」 〈以上〉

 大集経には、このように仰せになられています。

 「実に、仏法が滅びようとする時には、僧侶がヒゲ・髪・爪を長く伸ばして、諸法(化
儀や戒律等)も忘失されてしまうであろう。

 その時には、虚空の中に大きな声が鳴り響き、大地を震わせることによって、一切の存
在が変動してしまうことは、水車の如くである。

 城壁は破れて落ち下り、人家は悉く崩壊して、樹林の根・枝・葉・華・果実・薬味も尽
きてしまうであろう。

 ただ、雲上の高所にあって、大地から遠く離れている浄居天を除いて、この欲界のあら
ゆる場所の七味(甘い・辛い・酢っぱい・苦い・塩辛い・渋い・淡い)や三精氣(大地精
氣・衆生精氣・正法精氣)は、すべて損減してしまうであろう。

 また、その時には、解脱を説いた諸の善論も、一切尽きてしまうであろう。
 
 大地に生ずる花や果実も、希少となって、味わいも美味しくない。
 すべての井戸も泉も池も、悉く枯れてしまう。

 土地は悉く、塩氣を含んだ不毛の土地となり、ひび割れて、丘や谷となる。
 諸々の山は、皆、燃え上がって、天の竜神は、雨を降らすことがない。

 穀物の苗も、皆、枯れ死んで、生ずる植物も、皆、枯れ尽くして、他の雑草も生ずる
ことはない。
 土が降って、昼間でも暗闇になるため、太陽や月も、光明を現ずることはない。

 四方(国の東西南北)は、皆、干ばつとなって、しばしば、悪い兆しを現ずることであ
ろう。

 十不善業道(殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・愚癡)の中で
も、特に、貪欲・瞋恚・愚癡の三毒が倍増して、あたかも、臆病な小鹿が、自分だけ助か
ればいいと思うように、衆生は、自らの父母に対してでさえ、全く構わなくなる。

 衆生の人数も、寿命も、肉体の力も、精神の威厳や楽しみも減じて、人界や天界の楽し
みからは遠離して、皆、悉く、地獄界や餓鬼界や畜生界や修羅界の悪道に堕ちるであろう。

 このような不善業の悪王や悪僧が、我が正法を毀壊して、天界・人界の道を損減する。

 そうなれば、衆生を憐れんでいる諸天善神や天王も、この濁悪の国を棄てて、皆、悉く
他の国へ向かうことであろう。」 〈以上〉

 仁王経には、このように、仰せになられています。

 「国土が乱れる時には、まず、鬼神が乱れるようになる。
 鬼神が乱れるが故に、万民が乱れるようになる。

 賊が来襲して国を脅かすようになり、人民は命を失い、大臣や君主や太子や王子や官僚
の間に、争いが生じることであろう。

 天地は怪しい異変を起こして、二十八宿の星座の位置や、星・太陽・月の運行も狂い、
多くの賊が蜂起することであろう。」と。

 また、仁王経には、このようにも、仰せになられています。

 「私は、今、五眼(肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼)を以て、過去・現在・未来の三世
を見渡してみると、一切の国王は、皆、過去世に、五百の仏にお仕えした功徳によって、
帝王の主となることが出来たのである。

 更に、この功徳によって、一切の聖人や阿羅漢が国王を助けるために、その国土の中に
生まれて来て、大利益を為すのである。

 しかしながら、もし、王の福徳が尽きてしまう時には、一切の聖人は、皆、その国を捨
て去ってしまうであろう。
 もし、一切の聖人が去ってしまう時には、七難が必ず起こるであろう。」 〈以上〉

 薬師経には、このように、仰せになられています。

 「もし、刹帝利(王族)や灌頂王(国王)等の謗法によって、国に災難が起こる時には、
所謂、人衆疾疫の難・他国侵逼の難・自界叛逆の難・星宿変怪の難・日月薄蝕の難・非時
風雨の難・過時不雨の難、以上の七難が起こるであろう。」 〈以上〉

 仁王経には、このように、仰せになられています。

 「大王(波斯匿王)よ。

 私(釈尊)が、今、教化している百億の世界には、それぞれ須弥山があり、それぞれ太
陽と月がある。
 それぞれの須弥山の四方には、四つの洲がある。
 その南側の洲である、南閻浮堤には、十六の大国・五百の中国・一万の小国がある。

 その南閻浮堤の国土の中において、畏るべき七つの難がある。
 一切の国王は、この七難を、たいへん恐れている。
 その恐るべき七難とは、何か。
 
 太陽や月の運行が狂って、寒暖の時節が逆転する。
 或いは、赤い日が出たり、黒い日が出たり、二つ・三つ・四つ・五つと日が出たりする。
 或いは、日蝕のために、太陽の光が薄くなる。
 或いは、一重・二重・三重・四重・五重と、日輪(太陽の輪)が現ずる異変が起こる。
 これが、一の難である。

 二十八宿の星座の運行が狂って、金星・彗星・土星・鬼星・火星・水星・風星・チョウ
星・南斗北斗七星・五鎮の大星・一切の国主星・三公星・百官星等の様々な星が、異変を
現ずる。
 これが、二の難である。

 大火災が国中を焼いて、万民が焼き尽くされてしまう。
 或いは、鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火が多発する異変が起こる。
 これが、三の難である。

 大水害が発生することによって、万民が水没する。
 或いは、氣候が逆転するために、冬に雨が降ったり、夏に雪が降ったり、冬の時期に雷
電が落ちたり、真夏の時期に氷や霜やあられが降ったり、赤い水・黒い水・青い水が降っ
たり、土の山や石の山が降ったり、砂やがれきや石が降ったりする。
 或いは、江河が逆流して、山が崩れたり、石が流されるような異変が起こる。
 これが、四の難である。

 大風が万民を吹き殺して、国土や山河や樹木が一時に滅没して、季節はずれの大風・
黒風・赤風・青風・天風・地風・火風・水風が吹くような異変が起こる。
 これが、五の難である。

 国土の天地に干ばつが続いて、炎の如き熱氣が地下にまで浸透するため、あらゆる草は
枯れて、五穀も実らず、土地は赤々と焼けて、万民が滅び尽くされる異変が起こる。
 これが、六の難である。

 国の四方から賊が来襲して侵略されたり、国の内部・外部から賊が蜂起したり、火賊・
水賊・風賊・鬼賊が横行するため、人心は荒乱する。
 また、至る所で、刀を持った兵士が決起して、戦乱が勃発する変怪が起こる。
 これが、七の難である。」 〈以上〉

  大集経には、このように、仰せになられています。

 「もし、無量の過去世において、布施や持戒や智慧を修行した功徳を積んだ結果、国王
の身となったとしても、仏法が滅亡することを見ておきながら、放置して擁護しなかった
ならば、無量の過去世に種を下した善根は、皆、悉く滅失して、その国には、まさに、三
つの不祥事が起こる。

 その三つの不祥事とは、第一に穀貴(飢饉による物価の騰貴)、第二に兵革(戦乱)、
第三に疫病である。

 一切の諸天善神は、悉く、その国を捨てて、離れてしまうために、たとえ、その国王が
命令を下したとしても、人民は随従しなくなり、常に、隣国から侵略されるであろう。
 暴火が頻繁に起こり、悪風や大雨が多くなるために、洪水が増長して、人民が吹き流さ
れる。そのため、内外の国王の親戚から、謀叛が起こるであろう。

 やがて、その王は重病にかかって、死後は、大地獄の中に堕ちることになる。
 (中略)
 また、その王と同様に、王妃や太子や大臣や城主や教師や郡守や宰官も、重病にかかっ
て、死後は、大地獄の中に堕ちることになる。」 〈以上〉

 これらの四経(金光明経・大集経・仁王経・薬師経)の経文は、明らかであります。
 万人の中で、誰が疑うのでしょうか。

 にもかかわらず、道理に暗い輩や、仏法に迷い惑う人々は、浅はかにも邪説を信じて、
正教を弁えることがありません。
 故に、天下の世上の人々は、諸仏の経典に対する捨離の心が生じて、正法を擁護する志
がなくなっています。

 因って、諸天善神や聖人は、この国を捨てて、所を去ってしまいました。
 その隙に乗じて、悪鬼や外道が、災難を起こしているのであります。


  - 第三段 誹謗正法の由 -

 客は、顔色を変えて、怒りながら言いました。

 後漢の明帝(孝明皇帝)は、金色の人(釈尊)の夢を見た後に、仏教の到来を悟り、白
馬寺を建立して、中国仏教の拠点としました。
 日本の聖徳太子は、物部氏や守屋氏の反逆を鎮圧した後に、寺塔を建立して、日本仏教
の基盤を構築しました。

 それ以来、上は天皇から、下は万民に至るまで、仏像を崇めて経巻を尊んでいます。

 それ故に、比叡山や南都七大寺や園城寺や東寺を始めとして、日本全国の至る所に、多
くの寺院が雲の如く建てられて、仏教の経典は、星の如くたくさん集められています。
 舎利弗のように、鷲頭の月を観ずる(智慧を重んずる)僧侶もいれば、迦葉のように、
鶏足の風を伝える(戒律を重んずる)僧侶もいます。

 にもかかわらず、一体、誰が、釈尊御一代の仏教を軽んじて、仏法僧の三宝を破壊して
いる、と、云われるのでしょうか。
 もし、その証拠があれば、委しく、その理由をお聞かせください。

 主人は、客を喩しながら、こう言いました。

 たしかに、あなたが仰せのように、寺院の仏閣は甍を連ねて、経典の蔵も軒を並べてい
ます。
 僧侶もたくさんいらっしゃいますし、信徒の崇重も尊貴も、日を追うごとに盛んになっ
ています。

 しかし、実際には、法師(僧侶)の心根が邪で曲がっているために、人間としての倫理
を迷わせています。
 また、国王も万民も愚かであるために、法の正邪を弁えることができません。

 仁王経には、このように、仰せになられています。

 「多くの悪僧たちは、自己の名声や利益を求め、国王や太子や王子等の前に於て、自ら、
破仏法の因縁となり、破国の因縁となるような悪法を説くであろう。

 その国王は、仏法の正邪を弁えることなく、悪僧の言葉を信じて聴聞する。そして、仏
の戒めに背き、自分勝手な法律や制度を作るであろう。

 これが、破仏・破国の因縁となる。」 〈以上〉
 
 涅槃経には、このように、仰せになられています。

 「菩薩たちよ。悪象等に対しては、恐怖の念を持つ必要はない。
 けれども、悪知識(悪僧・悪師)に対しては、恐怖の念を持たなければならない。
 何故なら、悪象に殺されても、三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)には堕ちない。
 しかし、悪友(悪僧・悪師)に殺されたならば、必ず、三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)に
堕ちるからである。」  〈以上〉

 法華経には、このように、仰せになられています。
  
 「悪世の中の僧侶は、邪悪な智慧を持ち、心が曲がっている。
 未だに、悟りを得ていないにもかかわらず、『私は悟りを得た。』と言いふらして、自
分自身を慢ずる心が充満しているであろう。

 (注、上記の法華経の経文は、三類の強敵→俗衆増上慢・道門増上慢・僣聖増上慢の中
で、道門増上慢の姿を示されている。)

 或いは、人里離れた静かな場所で、粗末な衣をまとって、自分から『私は、真の仏道修
行をしている。』と言いふらして、周囲の人々を軽蔑する者がいるであろう。

 その者が利益や供養に貪著するために、在家の人達に法を説いて、世の人々から恭敬さ
れる姿は、あたかも、六通の羅漢(注、如意神通・天眼通・天耳通・宿命通・他心通・漏
尽通、以上の六つの神通力を得た阿羅漢→聖者のこと。)のようであろう。
 
 (注、上記の法華経の経文は、三類の強敵→俗衆増上慢・道門増上慢・僣聖増上慢の中
で、僣聖増上慢の姿を示されている。

 その者(僭聖増上慢)は、常に、大衆の中において、我等を毀ろうとする。
 故に、国王や大臣や婆羅門や長者やその他の僧侶たちに向かって、我等を誹謗して、我
等が悪行を言い立てて、『この輩は邪見の人であり、外道の論議を説いている。』と言い
ふらすであろう。

 濁劫悪世(末法)になると、更に、多くの恐怖があるであろう。

 悪鬼が、その者(僭聖増上慢)の身に入り、我等を罵詈して、毀り、辱しめるであろう。
 濁世(末法)の悪僧たちは、仏の方便の教えが、相手の能力に応じて説かれた事を知ら
ずに、悪口を言い、顔をしかめて、しばしば、所を追い出そうとするであろう。」〈以上〉
 
 涅槃経には、このように、仰せになられています。

 「私(釈尊)の入滅の後に、無量の時間を経て、四道(注、加行道・無間道・解脱道・
勝進道の四道、涅槃に至るまでの四種類の位のこと。)を得た聖人たちも、悉く入滅する
であろう。

 正法の時代が終わった後に、像法の時代(注、この箇所の“像法”は、“釈尊御入滅後
千年~二千年の時代”と解釈するよりも、“衆生の機根が下がった時代”と解釈した方が
適当と思われる。)においては、まさしく、僧侶と自称する者がいるであろう。

 その僧侶は、形だけ戒律を持っているように見せかけ、少しだけ経を読誦して、飲み食
いを貪り好んで、身体を大事に養う。
 そして、その僧侶は袈裟を着ていながらも、猟師が目を細めに視ながら、静かに獲物へ
近づくかのように、また、猫が鼠を伺うかのように、狡猾な世渡りをする。

 そして、常に、この言葉を唱えるであろう。
 『全ての煩悩を断ち切った阿羅漢の境地に、私は達した。』と。

 外見的には、賢い善僧の姿を現しているが、心の内には、貪りと嫉みを懐いている。
 あたかも、無言の修行をしている婆羅門の姿のようである。

 実際には、沙門(僧侶)ではない者が、沙門(僧侶)の姿を現じているために、火が燃
えるように、邪見が旺盛で、正法を誹謗するであろう。」 〈以上〉

 これらの経文を通して、今の世を見渡すと、誠に、この通りであります。
 悪い僧侶を誡めることなくして、善事を為すことが、如何にして出来るのでしょうか。

 
  - 第四段 正しく一凶の所帰を明かす -

 客はなお、憤りながら、こう云いました。

 賢明なる王は、天地を貫く道理に従って、万民を導きます。
 聖なる君主は、道理と非道理を察して、世を治めます。
 今の世の僧侶は、国中の人々の帰依するところであります。

 その僧侶が悪僧であれば、賢明なる王が信じるはずはありません。
 その僧侶が聖僧でなければ、賢人や哲人が仰ぐはずはありません。
 賢人や聖人から尊重されていることから考えても、今の世の高僧たちが立派であること
がわかります。

 にもかかわらず、何故、あなたは妄言を吐いて、強く誹謗を成すのでしょうか。
 いったい、誰を指して、悪比丘(悪い僧侶)と言うのでしょうか。
 詳しく、お聞きしたいものです。

 主人は、客の問いに対して、このように答えました。

 後鳥羽上皇の時代に、法然という者がいて、『選択集』という書物を作りました。
 そして、釈尊御一代の聖教を破壊して、至る所の衆生を迷わせてしまいました。

 法然の『選択集』には、このような記述があります。

 「道綽(中国浄土宗第二祖)の著書である『安楽集』には、『聖道門と浄土門の二門を
立てよ。その上で、聖道門を捨てて、浄土門に帰依すべきである。』と、説かれている。

 (注、聖道門と浄土門は、念仏特有の教義である。浄土門とは、他力によって極楽浄土
を願う教えのことであり、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経を指す。一方、
聖道門とは、自力によって成仏を得ようとする、浄土門以外の教えを指す。)
 
 その聖道門には、大乗経と小乗経の二つがある。
 その大乗経の中にも、顕教と密教、権教と実教の区別がある。

 そして、道綽は、すべての小乗経と大乗経の中で、顕教と権教(法華経以前の教え)を、
聖道門とした。

 しかし、私(法然)は、密教も実教(法華経)も、聖道門とするべきである、と、考え
る。
 そう考えれば、今、流布している、真言・禅・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論の
八宗は、皆、聖道門の分類に入る。

 世親の『往生論』を、曇鸞法師が註解した『往生論註』には、このように記されてい
る。

 謹んで、竜樹菩薩の『十住毘婆沙論』を勘案してみると、菩薩が深い悟りを求めるため
には、二種類の道がある。
 一には難行道であり、二には易行道である。

 この中の難行道とは、すなわち、聖道門のことである。
 この中の易行道とは、すなわち、浄土門のことである。

 浄土宗を学ぶ者は、まず、この宗旨を知らなければならない。

 たとえ、以前から、聖道門を学んでいた人であったとしても、もし、浄土門において、
極楽浄土を志そうとする者は、完全に聖道門を捨てて、浄土門に帰依するべきである。」
と。

 また、『選択集』には、このような記述があります。

 「善導和尚(中国浄土宗の第三祖)は、『正行(極楽浄土に往生するための修行)と雑
行(極楽浄土に往生できない修行)の二行を立てよ。その上で、雑行を捨てて、正行に帰
依せよ。』と、説いている。

 第一の読誦雑行とは、観無量寿経・無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経を除いた、大乗教
・小乗教・顕教・密教の諸経を、受持読誦する修行である。

 第三の礼拝雑行とは、阿弥陀如来を除いた、諸仏・菩薩・諸天等を礼拝して、恭敬する
修行である。

 ここで、私(法然)の所見を、述べることにする。

 上記の文を見ると、善導和尚は、すべての雑行を捨てて、専ら、念仏だけを修行せよ、
と、云われている。

 百人が百人とも往生することが出来る専修正行(念仏だけを修行すること)を捨てて、
千人のうちに一人も往生することが出来ない雑修雑行(念仏以外の修行をすること)に、
どうして執着する必要があるのか。

 仏教の行者は、よく、このことを思量せよ。」と。

 また、『選択集』には、このような記述があります。

 「『貞元入蔵録』という経典の目録には、冒頭の大般若経六百巻から、最終の法常住経
に至るまで、顕教・密教の大乗経は、合計六百三十七部・二千八百八十三巻ある。
 これらの顕教・密教の大乗経は、皆、すべて、観無量寿経に説かれている、『読誦大乗』
の一句に収められる。
 
 当に知るべきである。

 仏が、随他意(注、迷える衆生の意に随って説かれる教え→方便の教え)が説かれる以
前には、しばらくの間、『定散の門』は開かれている。

 けれども、仏が、随自意(注、仏が自らの意に随って説かれる教え→正しい教え、法華
経)を説かれた以後には、『定散の門』は閉ざされてしまう。
 一度開かれた後に、永久に閉ざされない修行の門は、ただ、この念仏の一門だけである。」と。

 また、法然の『選択集』には、このような記述があります。

 「観無量寿経には、『念仏の行者は、必ず、三心(至誠心・深心・回向発願心)を具足
しなければならない。』ということが、説かれている。

 この観無量寿経の経文を、善導が註釈した『観無量寿経疏』の中には、このような記述
がある。

 『必ず、仏法の理解と修行の不一致を主張して、念仏では往生出来ないとする邪見雑行
(聖道門)の人が現れて、念仏の修行を妨げることであろう。
 そのような、過った異見の難を防ぎ、念仏の行者の信心を守るために、一つの譬えを示
そう。

 南と北に、火と水の恐ろしい河があり、その中間を、東から西へ、細くて白い道が一本
通っている。

 西方(極楽浄土)を志す旅人が、その道を少し進み始めると、河の東岸の群賊たちが、
“危険だから、引き返せ。”と、叫んでいる。

 “その道を少し進み始めると、群賊たちが呼び返す”という譬えは、別解・別行・悪見
の人々(注、念仏の解釈や修行では往生できない、と、主張する人々のこと。)が、念仏
の行者を妨げることを、譬えたものである。』と、記されている。

 ここで、私(法然)の所見を、述べることにする。

 善導の『観無量寿経疏』の注釈の中で、一切の別解・別行・異学・異見の人々とは、聖
道門を指すのである。」 〈以上〉

 (注、浄土門とは、他力によって極楽浄土を願う教えのことであり、無量寿経・観無量
寿経・阿弥陀経の浄土三部経を指す。一方、聖道門とは、自力によって成仏を得ようとす
る、浄土門以外の教えを指す。)

 また、『選択集』の最後の結句には、このような文があります。

 「速かに、生死の苦しみから離れようと思うなら、聖道門と浄土門の二種類の勝法の中
では、しばらくの間、聖道門を差し置いて、浄土門に入ることを選択せよ。
 浄土門に入りたいと思うなら、正行と雑行の二行の中においては、しばらくの間、諸の
雑行を投げうって、念仏の正行に帰依することを選択せよ。」 〈以上〉

 上記に引用した『選択集』の文を見ると、法然は、曇鸞・道綽・善導の誤った解釈を引
用して、『聖道門と浄土門』『難行道と易行道』の宗旨を建てています。

 そして、法然は、法華・真言、及び、釈尊御一代の六百三十七部・二千八百八十三巻の
大乗経典や、一切の諸仏・菩薩・諸天善神等を、すべて、聖道門や難行や雑行等に収めて
います。
 また、或いは捨てたり、或いは閉じたり、或いは閣(さしお)いたり、或いは抛(なげう)った
りしています。

 結局、法然は、『捨・閉・閣・抛』という四字を以て、多くの人々を迷わすだけでなく、
ましてや、インド・中国・日本の三国の聖僧や全ての仏弟子を、皆、群賊であると号して、
罵詈しているのであります。
 
 これらの法然の『選択集』の文は、近くは、彼等が所依としている浄土三部経(観無量
寿経・無量寿経・阿弥陀経)の「ただ、五逆罪(殺父・殺母・殺阿羅漢・破和合僧・出仏
身血)を犯した者と、正法を誹謗した者を除く。(無量寿経からの出典)」の誓文に背い
ています。

 また、これらの法然の『選択集』の文は、遠くは、釈尊御一代五時八教の御説法の肝心
である、法華経第二巻譬喩品第三の「もし、その人が信じる事なくして、この法華経を毀
謗すれば、その人の死後には、無間地獄に堕ちる。」と仰せの誡文に背くものであります。

 今、ここに、末法の時代に及んで、人々の機根は、聖人と呼ばれるほど、立派ではなく
なっています。
 各々の人々は、迷いの道に入り込んで、正しい成仏への道を忘れています。

 悲しいかな、人々の目には、膜が覆っているにもかかわらず、誰も、その治療をしよう
とはしません。
 痛ましいかな、人々は盲目の故に、法の正邪の判別が出来ないため、いたずらに、邪な
信仰を催しています。

 故に、上は国王より、下は一般大衆に至るまで、皆、「経は、浄土三部経(観無量寿経
・無量寿経・阿弥陀経)の他にはない。仏は、弥陀三尊(阿弥陀仏・観音菩薩・勢至菩薩)
の他にはない。」と、思っています。 
 
 その昔、伝教大師や義真や慈覚や智証等(注、歴代の比叡山延暦寺の座主)は、万里の
波涛を越えて、唐から渡来させた聖教や、各地の山川を廻って崇められていた仏像を、比
叡山の頂に堂塔を建てて安置したり、もしくは、深い谷の底に寺塔を建てて崇重しました。

 比叡山の西塔と東塔には、釈迦如来と薬師如来の仏像が、光を並べて御安置されており、
その御威光を、現当二世(現在と未来)に施しています。
 比叡山の戒心谷と般若澗(はんにゃだに)には、虚空蔵菩薩と地蔵菩薩が御安置されて
おり、衆生教化の利益を、後世に施しています。

 故に、国王は、所領の一部を寄進することによって、御仏前の灯燭(ローソクの灯)を
明らかにしました。
 そして、地頭は、田園を捧げることによって、御供養に充てたのであります。

 にもかかわらず、法然の『選択集』が広まったことによって、教主釈尊の御存在を忘れ、
西方浄土の阿弥陀仏だけを貴び、伝教大師からの付嘱を抛(なげう)ち、東方の薬師如来
を閣(さしお)き、わずか四巻三部の経典(浄土三部経)だけを拠り所にして、空しくも、
釈尊御一代五時八教の妙なる経典を、すべて抛(なげう)ってしまいました。

 これらのことを以て、阿弥陀堂に非ざれば、皆、仏に対する供養の志を止めたり、念仏
の僧に非ざれば、布施の思いを忘れるようになってしまいました。

 故に、仏堂は荒れ果てて、屋根も葺き替えられずに、朽ち果てています。
 また、僧坊は荒廃して、庭には雑草が生い茂っています。

 そういう状況であるにもかかわらず、人々は、仏堂や僧坊に対する護惜の心を捨ててい
るため、改めて建立しようとも思っていません。

 このような有様ですので、住持の聖僧は行ったまま帰らず、守護の諸天善神は所を去っ
て、再び来ることもありません。

 これらの惨状は、偏に、法然の『選択集』が原因であります。
 悲しいかな、数十年の間に、百千万の人々は、魔縁に騙されて、仏教に迷ってしまいま
した。
 そして、謗法の教えを好んで、正法の教えを忘れてしまいました。

 これを御覧になれば、諸天善神がお怒りにならないはずがありません。
 また、円教(法華経)を捨てて、偏教(念仏)を好めば、悪鬼が入り込んでくるのは、
間違いありません。

 結局、彼の万祈(様々な祈祷)を修行するよりも、念仏の一凶を禁止する方が、災難を
防ぐことになるのであります。


  - 第五段 和漢の例を出だす -

 客は、一段と血相を変えて、こう言いました。

 私どもの本師である釈迦牟尼仏(釈尊)が、浄土三部経を説かれて以来、曇鸞法師(中
国浄土宗の宗祖)は、四論(注、竜樹菩薩の『中観論』・『十二門論』・『大智度論』と提婆
菩薩の『百論』)の講説を止めて、完全に、浄土の教えへ帰依しました。

 道綽禅師(中国浄土宗の第二祖)は、涅槃経の修行を閣(さしお)いて、偏に、西方浄
土へ往生する念仏の行を弘めました。

 善導和尚(中国浄土宗の第三祖)は、雑行を閣(なげう)って、専修念仏の行を立てま
した。

 恵心僧都(日本天台宗の僧、源信)は、諸経の要文を集めた上で、念仏の一行を宗旨と
しました。

 阿弥陀如来を貴重とすることは、誠に、もっともなことであります。
 又、念仏によって、往生をした人も、どれだけいることでしょうか。

 就中(なかんずく)、法然上人は、幼少にして天台山(比叡山)に昇り、十七歳にして
六十巻(注、天台大師の『法華玄義』『法華文句』『摩詞止観』、妙楽大師の『法華玄義
釈籤』『法華文句記』『摩詞止観輔行伝弘決』の合計六十巻)を学び、八宗(華厳・法相
・三論・倶舎・成実・律・真言・天台)の教義を究めて、具(つぶさ)に大意を得ていま
す。

 法然上人は、その他の一切の経論も七遍反覆して読み、註釈書や伝記類までも究めてお
り、閲覧していない仏書はありません。
 法然上人の智慧は、日月に等しく、徳は先師を越えています。

 しかしながら、法然上人は、なお、聖道門の教えでは、生死を出離する迷いや成仏の旨
を、理解することが出来ませんでした。

 そのため、遍(あまね)く書を読み、物事をよく鑑み、深く思い、遠くを慮った結果、
遂に、諸経を抛(なげう)って、専(もっぱ)ら、念仏を修行されました。

 その上、法然上人は、善導和尚の夢のお告げを得て、国中のあらゆる人々に、念仏を弘
めています。
 故に、法然上人のことを、或る人は勢至菩薩の化身と云い、或る人は善導大師の再誕と
仰いでおります。

 そのため、法然上人に対して、貴い身分の者も賎しい身分の者も、頭を垂れています。
 そして、法然上人の許を、日本国中の男女が訪れています。

 それ以来、現在に至るまで、年月が推移して、数十年の間が経過しています。

 にもかかわらず、忝(かたじけな)くも、釈尊の浄土三部経の教えを疎かにして、いた
ずらに、阿弥陀如来の誓願の文を譏るのは、恐れ多いことであります。

 何故に、あなたは、近年の災難の原因を、法然上人の時代に、念仏が流行したせいにす
るのでしょうか。
 強ちに、先師(曇鸞・道綽・善導)を毀り、更には、法然上人を罵っているではありま
せんか。
 あなたの言動は、あたかも、毛を吹いて、わずかな疵(きず)を探し求めたり、わざと
皮を切って、血を出すようなものです。

 昔より今に至るまで、このような悪言は、未だに見たことがありません。
 恐れ多いことでありますし、慎むべきであります。
 その罪業は至って重く、どのようにして、その科(とが)を逃れるのでしょうか。

 私は、こうして、あなたと対座していることでさえ、恐れを抱いています。
 杖を携えて、今すぐ、帰らせていただきます。

 主人は、にっこり笑ってから、こう言いました。

 辛い蓼の葉ばかりを食べている虫は、蓼の葉の辛さに麻痺してきます。
 臭い厠(トイレ)に長くいると、厠(トイレ)の臭いを感じなくなります。

 それと同様に、永年、邪法を信じてきた者は、仏の善言を聞いても悪言と思い、謗法の
人師を指して聖人と謂い、正法の師を疑って悪侶と錯覚するものです。

 その迷いは誠に深く、その罪はけっして浅くありません。
 あなたが、仏法本来の事の起こりをお聞きしたいのであれば、これから、仏法の正邪の
趣旨を、詳しくお話ししましょう。

 釈尊の御説法は、一代五時(華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃)の間に、先判(華厳
・阿含・方等・般若)と後判(法華涅槃)を立て分けて、権教(法華経以前の爾前経)と
実教(法華経)の区別を、明らかに示されています。

 にもかかわらず、浄土宗の曇鸞・道綽・善導等は、権教に執着して、実教を忘れてしま
ったのであります。
 なおかつ、先判である爾前経を依経として、後判である法華経を捨ててしまいました。

 これらの誤りは、未だに、仏教の奥底を知らない者が犯した所業であります。

 就中(なかんずく)、法然は、曇鸞・道綽・善導の流れを酌む者ではありますが、彼等
と同様に、仏法の根源を知らない者であります。

 その理由を申し上げます。

 法然は、『捨・閉・閣・抛』の四字を説くことによって、全ての大乗経六百三十七部・
二千八百八十三巻の経典、並びに、一切の諸仏・菩薩・諸天善神等に対する、一切衆生の
信心を薄めているからであります。

 この謗法は、偏に、法然が自分勝手に歪曲した言葉であり、全く、仏の経文の説には則
っていません。
 法然が犯した妄語や悪口の科(とが)は、他と比べようもなく、いくら責めたとしても、
余りある行為です。 

 ところが、人々は、皆、法然の妄語を信じて、悉く、法然の『選択集』を貴んでいます。
 故に、浄土三部経だけを崇めて、他の諸経を抛(なげう)ち、西方極楽浄土の阿弥陀仏
だけを仰いで、他の諸仏の存在を忘れてしまいました。

 誠に、法然の所業は、諸仏・諸経の怨敵であり、聖僧・衆人の讐敵であります。
 この念仏の邪教が、広く国中に広まって、各地に遍在してしまいました。
 
 そもそも、あなたは、「近年の災難は、法然の時代から、念仏が流行したことに起因し
ている。」と、破折されることを、強く恐れています。
 そこで、いささか、先例を引用して、あなたの迷いを諭すことにしましょう。

 『摩訶止観』の第二巻には、天台大師が『史記』を引用されて、このように云われてい
ます。

 「中国の周の時代の終わりに、髪を乱して、衣を着ないで、礼節を重んじない者がいた。」と。

 そして、妙楽大師は、『摩訶止観弘決』の第二巻に、『春秋左氏伝』を引用されて、こ
の『摩訶止観』の御文を、このように解釈されました。

 「周の平王が外敵に攻められて、東方へ遷都した時に、伊川の畔で、髪を乱した者が野
原で、祭を催していた。
 その様子を見た識者(辛有)は、『百年後には、この地が、周の領土でなくなるかも知
れない。まず、その先兆として、礼節が亡びたのである。』と、語った。」と。

 これらの『摩訶止観』や『摩訶止観弘決』の文からも分かるように、兆候は前に顕れて、
災難は後になってから到来するものです。

 また、天台大師は、『摩訶止観』において、このように仰せになられています。

 「阮藉(注、中国の晋の時代に、老荘思想に基づく生活を送った、“竹林の七賢”の中
の一人。)は逸材であったが、常に髪を伸ばして、帯も締めていなかった。

 後に、大臣・官吏の子孫は、皆、これを真似した。
 そして、下品・軽率な言葉で、互いに辱しめ合う者のことを、『自然の道に達した。』
と称した。
 一方、礼節を守って、慎み深い者のことを、『田舎者』と侮蔑した。

 この有様を以て、司馬氏(晋)が滅亡する先兆とした。」と。

 また、慈覚大師(比叡山延暦寺第三代座主)の『入唐巡礼記』には、このような記載が
あります。

 「唐の武宗皇帝が在位していた会昌元年に、章敬寺の鏡霜法師に勅命を下して、三日ず
つ諸寺を巡回して、弥陀念仏の教を伝えていった。

 すると、会昌二年には、ウイグル国の軍隊の兵士たちが、唐の国境を侵略した。
 会昌三年には、河北(黄河の北方)の節度使(将軍)が、反乱を起こした。

 その後、チベット国は、更に、唐の命令を拒んだ。
 そして、ウイグル国は、再び、唐の領地を奪った。
 
 およそ、このような激しい戦乱が続いたのは、秦から漢へと移っていく戦乱の時代と同
様であり、戦による火災によって、多くの村や里が被害にあった。
 それだけでなく、唐の武宗は、大いに仏法を破して、多くの寺塔を滅した。

 結局、唐の武宗は、反乱を収めることが出来なかったばかりか、狂乱して亡くなること
になった。」と。 〈以上、取意〉

 このように、中国の歴史を振り返った上で、日本の状況に照らし合わせてみると、法然
は、後鳥羽上皇が統治されていた時代・建仁年間(1201年~1203年)に活躍して
いた者であります。

 日本の天皇で史上初めて、後鳥羽上皇が隠岐島へ配流されてしまった、下克上の事件は、
既に、眼前にあります。

 つまり、念仏の謗法が災難の原因であるということは、中国の唐の時代にも先例を残し、
日本の後鳥羽上皇の時代にも証拠が顕れています。

 けっして、あなたは、疑ってはなりません。また、怪しんではなりません。
 ただ、須(すべから)く、凶(念仏)を捨てて、善(法華経)に帰依しなければなりま
せん。
 そして、念仏の源を塞いで、謗法の根源を断ち切らなければなりません。


 - 第六段 勘状の奏否 -

 客は、少し態度を和らげて、こう云いました。

 私は、未だに、仏法の奥底を究めてはおりませんが、だいたいの趣旨を知ることが出来
ました。

 ただし、京都より鎌倉に至るまで、仏門には、立派な僧侶が多くいます。
 しかしながら、未だに、誰も、朝廷や幕府へ勘状を進呈したり、奏状を上奏したことは
ありません。

 あなたが賎しい身分でありながら、安易に、有害な言葉を吐くことは、とても理解でき
ません。
 その義は逸脱したものであり、その理には、謂(いわ)れがありません。

 主人は、客の問いに対して、こう答えました。

 私は、器量の少ない者ではありますが、忝(かたじけな)くも、大乗仏教を学んでおり
ます。

 青蝿は、自らの力で遠くに飛ぶことは出来ません。しかし、駿馬の尾に留まっていれば、
万里の彼方まで行くことが出来ます。

 緑の蔦は、自らの力で高く伸びていくことは出来ません。しかし、松の大木の先に絡ま
っていれば、非常に高い所まで伸びていきます。

 (注、上記の譬えは、たとえ器量の少ない者であっても、法華経の尊い教えによって、
優れた境地に到達出来ることを示唆されている。)

 仏弟子である私は、教主釈尊の子として生まれて、諸経の王である法華経に仕えており
ます。
 それ故に、仏法が衰微していく模様を見れば、哀惜の心情を起こさずにはいられません。

 その上、涅槃経には、「もし、善比丘(善い僧侶)がいたとしても、法を破る者を見て
おきながら、呵責(謗法を強く責めること)をしなかったり、駈遣(所を追い出すこと)
をしなかったり、挙処(罪を挙げて対処すること)をしなかったならば、この人は、『仏
法中怨』(仏法の中の怨敵)である。
 その反対に、よく、呵責をしたり、駈遣をしたり、挙処をする者こそが、真の仏弟子で
あり、真の声聞(仏の教えを聞く者)である。」と、仰せになられています。

 私は、善比丘の身ではありませんが、『仏法中怨』の責めを免れるために、ただ、仏教
の大綱を取って、ほぼ、その一端を示しております。

 その上、去る元仁年間(1224年~1225年)には、延暦寺と興福寺の両寺より、
たびたび念仏禁止の奏状が上程されました。

 その結果、朝廷から勅宣(天皇からの勅命)が下されて、また、幕府から御教書(将軍
が発布する公文書)が下されて、法然の『選択集』の印板を、比叡山延暦寺の大講堂に没
収しました。

 また、三世の仏恩を報ずるために、法然の『選択集』の印板を焼失させています。
 そして、法然の墓所は、祇園神社の雑役を行う者に命じて、破却させられました。

 法然の弟子である隆観・聖光・成覚・薩生等は、遠国に配流させられています。
 その後、未だに、御勘氣(罪)が許されていません。

 このような先例を提示しても、あなたは、「未だに、誰も、奏状を上程したことがない。」
と、仰るのでしょうか。


 - 第七段 施を止めて命を絶つ -

 客は、主人の言葉を聞いて、更に態度を和らげて、次のように云いました。

 経を軽んじたり、僧を誹謗していることにつきましては、法然上人一人の問題とは論じ
難いものがあります。

 然れども、法然上人が『捨・閉・閣・抛』の四字を以て、大乗経典六百三十七部・二千
八百八十三巻と一切の諸仏・菩薩・諸天善神を捨ててしまったことは、あなたが仰ったこ
とが勿論のことであり、そのことは『選択集』の文にも顕然としています。

 しかし、あなたが『捨・閉・閣・抛』の瑕疵を取り上げて、法然上人を誹謗しているこ
とは、迷って言っているのか、覚って語っているのか、私にはよくわかりません。

 あなたと法然上人との間に、賢愚を弁ずることは出来ません。また、その是非につきま
しても、断定出来ません。

 ただし、「災難が起こる原因は、法然の『選択集』にある。」ということに関しまして
は、先程、あなたが追加されたお言葉によって、その主旨を理解できるようになりました。

 所詮、天下泰平・国土安穏は、国王や臣下の願う所であり、人民が思う所でもあります。
 国は、法によって栄えます。また、法は、人によって貴ばれます。
 国が亡び、人が滅してしまったならば、仏を、誰が崇んでいくのでしょうか。
 法を、誰が信じていくのでしょうか。

 まず、国家の安穏を祈って、その後に、仏法を立てるべきであります。
 もし、災を消して、難を止める術があれば、是非、お聞かせ頂きたいと存じます。

 主人は、こう言いました。

 私は、頑愚な者でありますし、けっして賢くありません。
 しかしながら、ただ、経文に則って、聊(いささ)か、所存を申し述べましょう。

 そもそも、災を消して難を止める術は、内道(仏教)にも外道にも、その文がたくさん
あります。
 因って、具体的に挙げることは、難しいのです。

 ただし、愚案ではありますが、仏教の立場から云えば、「謗法の人を禁めて、正道の僧
侶を重んじれば、国中は安穏にして、天下は泰平となる。」と、申し上げます。

 すなわち、涅槃経には、このように、仰せになられています。

 「釈尊は、純陀の問いに答えられて、このように仰った。
 
 『人に施しをすることは、良いことであり、讃歎されることである。しかし、ただ一人
だけ、施しをしてはならない者がいる。』と。

 そこで、純陀が重ねて尋ねた。
 『如何なる人物が、ただ一人だけ、施しをしてはならない者なのでしょうか。』と。
 
 すると、釈尊は、『この経の中に説かれている、“破戒の者”である。』と、お答えに
なられた。

 純陀は、再度、釈尊に質問した。
 『未だに、私には、よくわかりません。ただ願わくば、詳しくご説明下さい。』と。

 釈尊は、純陀に、このように答えられた。
 『“破戒の者”とは、“一闡提(いっせんだい)の者”のことである。“一闡提”以外
のすべての者に布施をすれば、皆から讃歎されて、大果報を獲るであろう。』と。

 純陀は、重ねて、釈尊に質問した。
 『“一闡提”とは、どういう意味なのでしょうか。』と。

 釈尊は答られた。
 『純陀よ。もし、僧や尼や男信徒や女信徒の中で、口汚い言葉を発して、正法を誹謗し
た上で、これらの重い業を作っても、永く改い悔めず、また、心に懺悔の念を持たない者
のことを、“一闡提の道に突き進む者”と名付けるのである。』と。

 もし、殺生・偸盗・邪淫・妄語という四つの重罪を犯したり、殺父・殺母・殺阿羅漢
・破和合僧・出仏身血という五逆罪を犯した上で、このように重大な罪を犯したと知りつ
つも、最初から心に怖畏することもなく、懺悔の念もなく、あえて、自ら罪を発露しない
者が、“一闡提”である。

 これらの者どもは、仏の正法に対して、永く護惜建立の念を持っていない。
 また、仏の正法を誹謗して、軽蔑するが故に、言動によって禍を起こし、咎(とが)を
来たすことが多くなるであろう。

 こういう邪心を持った人のことを、“一闡提の道に突き進む者”と、名付けているので
ある。
 ただ、このような“一闡提”の輩を除いた上で、それ以外の人々に布施を行えば、大き
く讃歎される。」と。

 また、涅槃経には、釈尊が過去世からの因縁を回想されて、次のように、仰せになられ
ています。

 「私(釈尊)は、昔、この閻浮提(世界)に生まれて、大国の王となった。
 その時には、仙予という名であった。

 また、その時には、大乗経典を大切にして、敬重していた。
 その心は純善であり、悪心や嫉みや物を惜しむことはなかった。

 善男子よ。
 私(釈尊)は、その時に於いても、心に大乗を重んじていた。
 そして、外道の教えを説く婆羅門が、大乗の教えを誹謗していることを聞き終わってか
ら、即時に、その婆羅門の命を断った。

 善男子よ。
 この正法を護った因縁によって、その時以来、地獄に堕ちることはなかった。」と。

 また、涅槃経には、次のように、仰せになられています。

 「昔、如来(釈尊)が国王となって、菩薩の修行をしていた時に、多くの婆羅門の命を
断ったことがある。」と。

 また、涅槃経には、次のように、仰せになられています。

 「殺生には、上殺・中殺・下殺の三種類がある。

 下殺(下の殺生)とは、蟻を始めとして、一切の畜生を殺すことである。
 ただし、菩薩が衆生を導く誓願によって、畜生に身を変じている場合には、その者を殺
しても、罪にはならない。

 下殺を犯した者は、その因縁により、地獄・餓鬼・畜生に堕ちて、具(つぶさ)に、下
の苦を受ける。
 その理由は、何か。
 それは、これらの諸の畜生にも、微かな善根(仏性)が備わっているからである。
 従って、これらの諸の畜生を殺す者は、具(つぶさ)に、その罪の報いを受ける。


 中殺(中の殺生)とは、凡夫から阿那含(欲界の煩悩を断尽した聖者)に至るまでの人
々を殺すことである。
 その業因により、地獄・餓鬼・畜生に堕ちて、具(つぶさ)に、中の苦を受ける。

 上殺(上の殺生)とは、父母や阿羅漢(声聞)や辟支仏(縁覚)や不退の菩薩を殺すこ
とである。
 この罪は、もっとも重く、阿鼻大地獄(無間地獄)の中に堕ちる。

 善男子よ。
 もし、“一闡提”を殺す者がいたとしても、上殺・中殺・下殺という三種類の殺生の中
には含まれない。

 善男子よ。
 外道の教えを説く、諸の婆羅門たちは、皆、すべて“一闡提”である。」〈以上、経文〉
 
 仁王経には、次のように、仰せになられています。

 「仏(釈尊)は、このように、波斯匿王(インドの舎衛国の王)に告げられた。
 
 仏法の護持を、諸の国王に付嘱する。
 しかし、比丘(僧)や比丘尼(尼)には付嘱しない。
 その理由は、何か。
 それは、比丘(僧)や比丘尼(尼)には、王のような威力がないからである。」と。

 涅槃経には、次のように、仰せになられています。

 「今、無上の正法を、諸の国王・大臣・役人、及び、四部の衆(僧・尼・男信徒・女信
徒)に対して、付嘱する。
 もし、正法を誹謗する者がいれば、大臣や四部の衆(僧・尼・男信徒・女信徒)たちは、
当(まさ)に、その者を退治しなければならない。」と。

 また、涅槃経には、次のように、仰せになられています。

 「仏(釈尊)は、このように仰った。
 
 迦葉よ。
 私(釈尊)は、よく正法を護持する因縁によって、この金剛身(破ることが出来ない仏
の法身)を得ることが出来たのである。

 善男子よ。
 正法を護ろうとする者は、五戒(不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒)
を受けていなくとも、威儀(徳のある振舞い、戒律の異名)を整えていなくとも、刀剣や
弓矢や鉾(ほこ)を持つべきである。」と。 

 また、涅槃経には、次のように、仰せになられています。
 
 「五戒(不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒)を受持しているだけで
は、『大乗』の人となることが出来ない。
 たとえ、五戒(不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒)を受けていなく
とも、正法を護ることを以て、『大乗』の人と名付けるものである。

 正法を護る者は、当(まさ)に、刀剣や兵器や杖を持たなければならない。
 刀剣や兵器や杖を持っていたとしても、私(釈尊)は、この者たちのことを、『持戒』
(戒を持つ人)と呼ぶ。」と。

 また、涅槃経には、次のように、仰せになられています。

 「善男子よ。
 過去の世に、この拘尸那(くしな)城において、歓喜増益如来という名前の仏がいらっ
しゃった。

 歓喜増益如来が御入滅されて以来、無量億歳という長い期間、正法が滅びることはなか
った。
 ところが、その正法の時代が終わり、仏法が滅びようとしていた。

 その時に、一人の持戒の比丘(僧侶)が現われた。
 その名は、『覚徳比丘』であった。

 一方、その時には、多くの破戒の比丘(僧侶)がいた。
 破戒を諫める旨の説法を、覚徳比丘が行った折に、それを聞いていた破戒の比丘たちは、
皆、憎しみの心を生じた。

 そのため、破戒の比丘たちは、刀や杖を持って、覚徳比丘を迫害した。
 この時の国王は、その名を、『有徳王』と云った。

 この事件を聞いた有徳王は、正法を護るために、説法者であった覚徳比丘の許へ、即座
に駆けつけて、破戒の諸の悪比丘(悪い僧侶)と、激しい戦闘を行った。
 その結果、覚徳比丘は、厄害を免れることが出来た。

 だが、その戦闘で、有徳王は、刀剣や弓矢や鉾による重傷を被った。
 有徳王の全身に、無傷の箇所は、全くないほどであった。

 その時に、覚徳比丘は、有徳王を褒め讃えて、こう言った。

 『善いかな、善いかな、有徳王よ。
 今、あなたは、真に、正法を護る人となった。
 未来の世には、あなたの身が、当(まさ)に、無量の智慧を持つ法器(仏)となるであ
ろう。』と。

 この時、有徳王は、覚徳比丘の説法を聞くことが出来て、大いに歓喜した。
 それから間もなく、有徳王は、戦闘の際の負傷が原因で、亡くなってしまった。

 だが、有徳王は、命が尽きた後に、阿シュク仏の国に生まれた。
 しかも、阿シュク仏の第一の弟子となった。

 また、有徳王と共に戦った家来や人民や眷属や、有徳王が闘う姿を見て歓喜した者は、
すべて、菩提(悟り)を求める心が失われることはなかった。
 彼等もまた、命が尽きた後に、悉く、阿シュク仏の国に生まれた。

 その後には、覚徳比丘も、命が尽きた後に、阿シュク仏の国に生まれて、阿シュク仏の
第二の弟子となった。

 もし、正法が滅びようとする時には、当(まさ)に、このようにして、正法を受持・擁
護するべきである。

 迦葉よ。
 その時の有徳王とは、私自身(釈尊)のことである。
 説法を行った覚徳比丘とは、迦葉仏のことである。

 迦葉よ。
 正法を護る者には、このような無量の果報が得られるであろう。
 この過去世の因縁によって、私(釈尊)は、今日において、仏の種々の相(三十二相・
八十種行)を得た。
 そのことにより、自らを荘厳して、破ることが出来ない法身を成じた。

 迦葉よ。
 これ故に、正法を護ろうとする在家の者たちは、有徳王と同様に、刀や杖等の武器を持
って、正法を持つ者を擁護しなければならない。

 善男子よ。
 私(釈尊)が涅槃した後、濁悪の世には、国土が荒乱して、互いに他者の物を奪い取り、
人民は飢餓するであろう。

 その時には、飢餓を凌ぐための動機で、出家する者が多くいるであろう。
 このような人を名付けて、『禿人』(注、禿人→ハゲた人→悪僧に対する侮蔑語)と、
称する。
 この『禿人』の輩は、正法を護持する人を見れば、駈逐(追放)したり、所を追い出し
たり、もしくは、殺したり、危害を加えるであろう。

 従って、私(釈尊)は、今、『禿人』の悪行から、戒律を持つ僧侶を護るために、刀杖
を持つ在家の者の同伴を許す。
 たとえ、その在家の者が刀杖を持っていたとしても、私(釈尊)は、彼等のことを名付
けて、『持戒』(戒律を持つ人)と、称する。

 ただし、彼等が刀杖の持参を許されていたとしても、無闇に、他者の命を断じてはなら
ない。」と。
 
 法華経譬喩品第三には、このように、仰せになられています。

 「もし、その人が信じることなくして、この法華経を誹謗した場合には、即座に、一切
世間の仏種を断たれる。(中略)また、その人は、死後に、無間地獄に堕ちるであろう。」
と。 

 以上のように、経文は顕らかであります。
 私の言葉を付け加えるまでもありません。

 およそ、法華経に説かれるとおりであるならば、大乗経典を謗ずる者は、無量の五逆罪
(殺父・殺母・殺阿羅漢・破和合僧・出仏身血)を犯す者よりも、罪が重いのであります。
 故に、無間地獄に堕してしまうと、永い間、脱出することは出来ません。

 およそ、涅槃経に説かれるとおりであるならば、たとえ、五逆罪(殺父・殺母・殺阿羅
漢・破和合僧・出仏身血)を犯した者への供養を許したとしても、謗法の者への布施は、
絶対に許されないのであります。

 蟻の子を殺す者は、必ず、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に落ちます。
 一方、謗法を誡める者は、必ず、不退転の菩薩の位に登ることが出来ます。

 所謂(いわゆる)、過去の覚徳比丘とは、迦葉仏のことであります。
 そして、過去の有徳王とは、釈迦牟尼(釈尊)のことであります。
 
 法華経と涅槃経の経教は、釈尊御一代の五時(華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃)の
肝心であります。
 その誡めは、実に重いものであります。
 この仏の誡めに、帰依・渇仰しない者が、誰かいるのでしょうか。

 ところが、謗法の輩は、正しい仏道を忘れている人たちであります。
 挙げ句の果てには、法然の『選択集』の邪義に依って、ますます、正邪の判断が付かず
に、愚かな見解を増しています。

 従って、或る者は、法然の遺体を偲んで、木像や絵画に表しています。
 また、或る者は、法然の妄説を信じて、『選択集』の邪言を形木に彫った上で、日本中
に『選択集』の印刷文を弘めて、あらゆる地方で翫(もてあそ)んでいます。

 そのため、人々が信仰しているのは、法然一門の教えとなっています。
 そして、人々が布施をするのは、法然の門弟となっています。

 それ故に、或る者は、釈尊の手の指を切り取って、阿弥陀の印相に改めています。

 (注、釈尊の仏像の印相は、親指と中指を結んでいる。一方、阿弥陀の仏像は、親指と
人差し指を結んでいる。釈尊の仏像の指を切り取って、親指と人差し指を結んだ阿弥陀の
印相に、不心得者が変えてしまったことを意味している。)

 また、或る者は、薬師如来の堂宇を改めて、西方極楽浄土の教主である阿弥陀如来を安
置しています。

 また、或る者は、四百回以上も続いてきた法華経の書写行である、『如法経』の修行を
止めて、浄土三部経の書写行をするようになってしまいました。

 また、或る者は、天台大師を讃えるための『大師講』を止めて、善導を讃えるための『善
導講』に変えてしまいました。

 これらの輩の群類は、誠に数え切れないほどであります。
 これこそ、まさしく、「仏を破り(阿弥陀如来の印相・安置)、法を破り(浄土三部経
の書写行)、僧を破る(善導講)」行為であり、『仏・法・僧』の三宝を破壊する所業で
あります。
 これらの邪義の根源は、すべて、法然の『選択集』に依るのであります。

 ああ、悲しいかな、仏の真実である、誡めの御言葉に背くことよ。
 ああ、哀れなるかな、愚かな僧侶が迷い惑うために発する、粗雑な言葉に随うことよ。

 早く、天下を穏やかにしたいと思うのなら、何よりも、まず、国中の謗法を断つべきで
あります。


  - 第八段 斬罪の用否 -

 客は、こう言いました。

 もし、謗法の輩を断じたり、仏の誡めに相違した者を絶滅させるためには、涅槃経の経
文の如く、斬罪に処するべきなのでしょうか。

 もし、そうであるならば、殺害が積み重なるばかりです。
 その罪業を、どのようにすれば、宜しいでしょうか。

 ましてや、大集経には、次のように、仰せになられているではありませんか。

 「頭を剃って、袈裟を著した僧侶に対しては、戒を持っている者であっても、戒を破っ
ている者であっても、諸天と人間は、僧侶を供養しなければならない。
 すなわち、僧侶を供養することは、仏を供養することになるからである。
 つまり、僧侶は、仏の子である。

 もし、僧侶を打ち叩けば、則(すなわ)ち、それは、仏の子を打つことになる。  
 もし、僧侶を罵倒したり、辱めを与えれば、則(すなわ)ち、それは、仏を謗ったり、
辱めを与えることになるのである。」と。

 この大集経の経文によって、善悪や是非を論じることなく、僧侶であるというだけで、
供養を捧げなければならないことを、計り知る必要があります。

 どうして、仏の子(僧侶)を打ち叩いたり、辱めを与えたりすることによって、忝(か
たじけな)くも、その父である仏を悲哀させるのでしょうか。

 昔、竹杖外道は、目連尊者を殺したために、永く、無間地獄の底に沈んでいます。
 提婆達多は、蓮華比丘尼を殺したために、久しく、阿鼻地獄の炎に焼かれています。

 これらの先証は明らかであり、後世の私どもが、もっとも恐れなければならないことで
あります。

 僧侶の命を奪う行為は、謗法の者を誡めることに似ていながらも、それだけで、既に、
仏の誡めの御言葉を破っています。

 これらの事は、とても信じ難いものがあります。
 どのように心得れば、宜しいのでしょうか。

 主人は、こう答えました。

 あなたは、明らかに、涅槃経の経文を御覧になった上で、なお、そのような疑問を抱い
ているのでしょうか。
 あなたの心が、涅槃経の経文の真意に及ばないのでしょうか。それとも、道理が通じな
いのでしょうか。

 涅槃経の経文が意味することは、全く、仏の子(僧侶)を禁めることではありません。
 この経文の意味するところは、ただ、偏(ひとえ)に、謗法を悪(にく)むことであり
ます。

 そもそも、釈尊御誕生以前の仏教においては、謗法の罪を犯した者を斬って、その命を
絶ちました。
 けれども、釈尊御誕生以後の経典においては、則(すなわ)ち、「謗法の者に、布施を
してはならない。」ということを、お説きになられています。

 であるならば、日本国中の一切の四衆(僧・尼・男信徒・女信徒)が、謗法の悪人へ布
施をせずに、皆、正法に帰依すれば、何なる難が並び起こったり、何なる災いが競い来る
ことがあるのでしょうか。
 決して、難が並び起こったり、災いが競い来ることはありません。


  - 第九段 疑いを断じて信を生ず -

 客は、改めて座り直して、襟(えり)を正してから、こう言いました。

 仏教というものは、細かく別れていて、その趣旨は窮め難く、不審な点が多いものです。
 そのため、私には、道理と非理を、明らかにすることが出来ません。

 ただし、法然聖人の『選択集』が、現に存在するのは、間違いありません。
 たしかに、『選択集』には、諸仏や諸経や諸菩薩や諸天善神等に対して、『捨てよ・閉
じよ・閣(さしお)け・抛(なげう)て』と、記載されています。

 その『選択集』の文は、顕らかであります。
 この誤りによって、聖人は国を去り、諸天善神は所を捨て、天下は飢渇して、世上には
疫病が広がっています。

 今、主人であるあなたが、広く経文を引用された上で、明らかに、道理と非理をお示し
になられました。
 故に、私の妄執は飜って、私の耳と目は晴れやかになりました。

 所詮、国土泰平や天下安穏は、上一人より下万民に至るまで、好む所であり、願う所で
あります。

 一刻も早く、一闡提への布施を止めて、永く、正法の僧・尼たちへの供養を致しましょ
う。

 そして、仏海の白浪を収めて、法山の緑林を切れば(注、仏法に違背する者への布施を
止めて、謗法の者を退治すれば)、この世は、古代中国の伏羲や神農のような名帝の時代
となり、この国は、古代中国の唐堯や虞舜の国のような平和な国家となるでしょう。

 その後に、仏法の法水の浅深を斟酌(しんしゃく)して、仏門の棟梁となるべき教えを
崇重致しましょう。

 主人は悦んで、このように云いました。

 中国の『礼記集説』という書物には、鳩が化して鷹となり、雀が変じて蛤(はまぐり)
となる(注、劣ったものが勝れたものに変化することの譬え)、という故事があります。

 あたかも、曲がった蓬(よもぎ)が、麻畑の麻に感化されて、真っ直ぐ伸びることのよ
うに、蘭室の友(注、蘭の香りのする部屋の友→正法を受持する善友)との交流によって、
邪法を捨てて正法に帰依することを、あなたが決意されたのは、誠に、悦ばしいことであ
ります。
 
 誠に、昨今の災難を顧みて、専(もっぱ)ら、この正法(日蓮大聖人)の御言葉を信じ
るならば、風は和らぎ、浪は静かとなり、やがて、穀物はよく実って、必ず豊年となりま
す。

 ただし、人の心は、時の経過に従って、移りゆくものです。
 また、物の本性は、環境によって、変わってしまうものです。
 譬えば、水面に映っている月の形が、水中の波によって動いたり、戦に臨んだ軍兵が、
敵軍の剣の勢いによって臆するようなものです。

 この場で、あなたが正法を信じたとしても、後になれば、きっと、忘れてしまうことで
しょう。

 もし、まず、国土を安穏にして、現世と来世の成仏を祈りたいのであれば、速やかに、
情慮を廻(めぐ)らして、急いで、謗法への退治を加えなさい。

 その理由は、こういうことです。

 薬師経に説かれる七難のうちで、五難は、忽(たちま)ち、起こりました。
 けれども、二難が、なお残っています。

 所謂(いわゆる)、他国侵逼の難(他国から侵略される難)と自界叛逆の難(自国の内
部から反乱が起こる難)の二難であります。

 また、大集経に説かれる三災のうちで、二災は、早く現れました。
 けれども、一つの災いだけは、未だに起こっていません。
 所謂(いわゆる)、兵革(戦乱)の災いであります。

 金光明経に説かれている種々の災禍は、次々に、発生しています。
 けれども、他国からの怨賊が国を侵略してくるという災だけは、未だに現れておらず、
その難だけは、未だに到来していません。

 仁王経に説かれる七難のうちで、六難までは、今まで、盛んに起きています。
 けれども、一難だけは、未だに現れていません。
 所謂(いわゆる)、四方(東・西・南・北)の賊が来襲して、国を侵略するという難で
あります。

 それだけではなく、仁王経の経文には、「国土が乱れる時には、まず、鬼神が乱れる。
鬼神が乱れるが故に、万民も乱れる。」と、仰せになられています。

 今、この経文に基づいて、詳しく、世の中の事情を案じてみると、百鬼(たくさんの鬼
神)が早々に乱れて、万民の多くは亡くなっています。

 このように、先難は、明らかに起きています。
 従って、これから、後災が起きることを、決して、疑うことは出来ません。

 もし、悪法を信ずる過失によって、他国侵逼の難と自界叛逆の難が並び起こり、競い起
こって来るならば、その時には、どうされるのでしょうか。

 帝王は、国家を基盤として、天下を治めます。
 人民や家臣は、田園を所領として、世上の生活を保持します。

 にもかかわらず、他国からの賊が来襲して、日本国が侵略されたり、国内に反乱が起き
て、土地を略奪されるようなことがあれば、どのようにして、驚かずにいられるのでしょ
うか。どのようにして、騒がずにいられるのでしょうか。
 国を失い、家を滅してしまったならば、何処へ逃れることが出来ましょうか。

 あなたが、一身の安堵を願うのであるならば、まず、一国の安穏を祈るべきであります。

 就中(なかんずく)、この世の人間であれば、誰しも、後生を恐れるものであります。
 にもかかわらず、或る者は、邪教を信じて、或る者は、謗法を貴んでいます。

 確かに、仏法の是非に迷うのは、悪いことです。
 しかし、それでもなお、仏法に帰依しようとする心掛けが、哀れでなりません。

 同じように信心を持つのであるならば、正法を信じるべきであるにもかかわらず、妄り
に、邪義の言葉を崇めてしまうのは、何故なのでしょうか。

 もし、謗法への執着の心が飜(ひるがえ)らなかったり、仏法に対する曲解が残ってい
れば、早く、この世を去ってしまうこととなり、後生は、必ず、無間地獄に墜ちることで
しょう。

 その理由は、大集経に、説かれています。

 「もし、無量の過去世において、布施や持戒や智慧を修行した功徳を積んだ結果、国王
の身となったとしても、仏法が滅亡することを見ておきながら、放置して擁護しなかった
ならば、無量の過去世に種を下した善根は、皆、悉く滅失する。
  (中略)
 やがて、その王は、重病にかかって、死後は、大地獄の中に堕ちることになる。
 また、その王と同様に、王妃や太子や大臣や城主や教師や郡守や宰官も、重病にかかっ
て、死後は、大地獄の中に堕ちることになる。」と。 

 仁王経には、このように、仰せになられています。

 「仏教を破る人には、親孝行の子は生まれない。 
 親子・兄弟・夫婦等は不和であり、天の神々も、助けてはくれない。

 病氣や悪鬼に侵害されない日はなく、生涯、どこに行っても、災難がついて回る。
 禍いが次々と起こり、死んだ後には、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう。

 もし、人間に生まれ変わってきても、兵士や奴隷となって、苦しみを受けるであろう。

 夜、灯火の下で、人が字を書いた場合に、火を消した後であっても、字は存在すること
と同様に、三界(欲界・色界・無色界)で犯した謗法の悪罪は、決して、消えることがな
い。
 あたかも、音と響きのように、身と影のように、切っても切り離せないものである。」
と。

 法華経の第二巻の譬喩品第三には、「もし、その人が信じることなくして、法華経を誹
謗すれば、その人の死後において、無間地獄に堕ちるであろう。」と、仰せになられてい
ます。

 法華経の第七巻の常不軽菩薩品第二十には、「千劫という、極めて長い間、無間地獄に
堕ちて、大苦悩を受ける。」と、仰せになられています。

 涅槃経には、「正法を持つ善友から遠く離れて、正法を聞かずに、悪法に執着するなら
ば、この悪業の因縁の故に、無間地獄の底に沈没する。その人の身は、縦横八万四千由旬
(注、縦・横の一辺が、それぞれ五十八万八千里の長さ)の広大な地獄全体に広がって、
間断なき苦しみを受けるであろう。」と、仰せになられています。

 このように、広く、たくさんの経文を開いてみると、謗法の罪が、もっとも重いとされ
ています。

 にもかかわらず、悲しいことに、人々は、皆、正法の門を出て、深く、邪法の牢獄に入
っていきます。
 また、愚かにも、人々は、悪教の網にかかって、謗法の網に深くからまっています。

 この薄暗い霧のような迷いによって、無間地獄の炎の底に沈んでしまうのです。
 これを、愁わずにいられましょうか。これを、苦しまずにいられましょうか。

 あなたは、一刻も早く、邪法信仰の寸心を改めて、速やかに、法華実乗の一善に帰依
しなさい。

 そうすれば、三界(欲界・色界・無色界→六道輪廻の娑婆世界)は、皆、仏国となり、
仏国は衰えることがありません。

 また、十方(東・西・南・北・東北・東南・西南・西北・上・下)の世界は、悉く、宝
土となり、宝土は、壊されることがありません。

 こうして、国が衰微することなく、国土が破壊されることもなくなれば、一切の人々の
身は安全となり、心は定んで安らかになることでしょう。

 この言葉を信じるべきであり、崇めるべきであります。


  - 第十段 正に帰して領納す -

 客は、こう云いました。

 現世・来世に及ぶ大苦悩を思えば、どんな人であっても、身を慎まずにはいられません。
どんな人であっても、従わざるを得ません。

 今、主人から示された経文を開いて、具(つぶさ)に、仏の御言葉を承ってみると、正
法を誹謗した過失は至って重く、正法を毀謗した罪は誠に深いものがあります。

 私は、今まで、阿弥陀仏だけを信じて、諸仏を抛(なげう)ってきました。
 また、浄土三部経だけを仰いで、諸経を閣(さしお)いてきました。

 それは、自分勝手な曲がった考えからではなく、法然に代表される浄土宗の先達の言葉
に随ったまでのことです。
 恐らく、世間の多くの人々も、私と同様のことでしょう。

 そのため、今世において、多くの辛労に心を煩わすことになり、来世において、無間地
獄に堕ちることは、経文に明らかであり、道理もはっきりとしています。
 どこにも、疑う余地はありません。

 今後、いよいよ、貴殿の慈悲に溢れた教誡を仰ぐことによって、ますます、愚かな自分
の迷える心を開いて参ります。
 そして、速やかに、謗法を対治することによって、一刻も早く、天下泰平の世が到来す
るように、精進致します。
 まず、生前(現世)を安穏にして、更には、没後(来世)の成仏を祈ります。

 これらのことを、ただ、私一人が信じるだけではなく、他の人々の誤りをも、誡めるよ
うに致します。  
 


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